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あるところで、カルチャーセンターについて話すことになって、また、カルチャーセンター発足のことを考えました。 その中で特に、カルチャーセンターが最初に何に挑戦したかということを考えました。 (1)は、入学には、資格制限を設けない。入学試験がない。性別、年齢、学歴、一切不問。やる気があれば来てくださいと扉を広く開けた。 これは、昭和30年にできた産経学園も、昭和49年にできた朝日カルチャーセンターも、どちらにもあります。 今は、こうしたこと当たり前のように思うかもしれませんが、例えば、大学で勉強たいと思っていた人も、入試があることで、あきらめていた、という人あんがい多かったのです。 朝日カルチャーセンターは、自由な「大人の大学」をめざしました。大学に入らないと学べない講座がずらりと並んでいたのです。 魅力的でした。 (2)は、受講料も、できるだけ安く設定する。 入学金も5000円程度。受講料も1講座、1000円〜2000円。これなら、なんとか工面できる。そう思った、と思います。 (3)は、その費用の内容を明らかにしたこと、です。 これは昔のお稽古事のことです。分かりやすい例で言えば、お免状代です。いただくまで、分かりません。高いだろうな、と思っても聞けません。 そうした、不透明なところを、はっきり明記して安心して学べるようにしたのです。 (4)教室内は平等がモットー。先輩、後輩といった縦の関係は無くするのはもちろん、社会での「肩書き」を教室に持ち込まないように心がけてもらう。 昔のお稽古には先輩、後輩があり、それはそれで、ある意味を持っていたことは確かですが、戦後の平等精神で、横の関係の仲間作りを推奨しました。 (5)門戸を広く開け、入学は思い立った時すぐ始められるように、また、何かの都合でやめたい時はいつでもやめられる。「やめやすい」というのもカルチャーセンターの自由さの象徴でした。これも古い形のお稽古ごとですが、自分にこのお稽古合っていないと思っても、一度入門すると、なかなか辞められないものでした。 こうした、従来のお稽古事、あるいは、社会の仕組みが持っていたいろいろな旧弊、また不安をできるだけぬぐい去り、安心して学べ、自由で、楽しい教室運営をめざしたのが。 カルチャーセンターでした。 それだけの、ふるい体制の対抗する、エネルギーがありました。 それが、一時代を築いたのだと思います。 では、そうしたことのほとんど実現してしまった今は、何を目指しているのでしょう。 それが、私には見えて来ません。 新しく挑戦する「コト」を見出さなくては、活気がでないのではないかと思います。 |
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