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辻井喬さんの次のことばも示唆に富んでいるように思います。 「デパートが主役だったのは、長く見ても80年代まで、西武百貨店の全盛期は75年から82、83年です。地方に行くと、名だたる老舗(しにせ)でも経営が大変なところが出てきた。今後、会社の数は半分ぐらいになるのではないでしょうか。今の人々にとっては、専門度を高めしかも安価な店がいい。無印良品とかユニクロは全国的に調子がいいですし、ロフトもまずまず。東急ハンズもいいかと思います」 カルチャーセンターは、かつて趣味の百貨店(デパート)と言われていました。 今では、コンビニを目指してといった所も出てきましたが、私は、つい「百貨店(デパート)」といったイメージを持ってしまいます。 だから、辻井喬さんのこうしたことばも気持ちに響きます。 講座をもっと<好みやニーズに限定的な>ものにするには、ある程度の専門校化が必要なのでは、という思いが前々からしています。 でも、カルチャーセンターは、講座の多様性が命、いろんなジャンルを持つべきだ、という思いもあります。 でも、普通規模のカルチャーセンターは、ある程度の講座の限定が必要かもしれません。 もう一つ、辻井喬さんのことばで、気にしてることがあります。 辻井喬さんと上野千鶴子さんの対談集『ポスト消費社会のゆくえ』(文春新書)に、「一番古典的で一番ダメな百貨店の経営手法は、店舗のフロアを業者にそのまま貸して、社員も全部出向させて、商品を納入させて販売手数料を徴収するという手法だ」と出ていました。 これを読んでいて、カルチャーセンターが、教室運営をほとんど、講師に任せて(貸して)しまうことを思い浮かべていました。 職員を減らし、できるだけ、手をかけない手法で、合理化をはかっているわけです。 これは、しないでほしいと思っています。 辻井喬さんは、新聞で、<「選別消費」の時代、社会はどう変わっていくと考えますか。>という質問に次のように答えています。 「そうですね……共同体の再評価、でしょうか。といっても、昔の隣組とか村落共同体の復活ではありません。これは、かつての進歩派には禁句でした。人間は何らかの共同体を探し求めます。最小のものとして家庭の復興、再建があるのではないでしょうか」 「もう一つは、ある種のファンクラブ的な集まりです。それほど有名ではないシンガー・ソングライターやバンドに、熱心なファンの人たちがいます。情報を交換したり一緒に活動したり。そういうイメージです」 「先日、宝塚歌劇を久しぶりに見ました。占領期に活躍した白洲次郎を扱った舞台です。白洲役のスターが出てくると、うわーっと拍手が起きる。白洲次郎って若い女性に人気なんだなと思ったら、全然違ってました。次にマッカーサー役のスターが出てくると、別の人たちが大きな拍手を送る。役者さんそれぞれにファンがいて、それぞれお目当てのスターに歓声を上げるんですね。あれも一種の共同体でしょう。趣味や志向が共通な人たちの集団です」 趣味や志向が共通な人たちの集団、共同体を作る。これはそのまま、カルチャーセンターの将来的な姿でもあるように思いました。 カルチャーセンターが主体的に「共同体を作る」作業をすべきだと思います。 それは、カルチャーセンターを真のサロン、クラブにしていくことです。 |
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